2013-08-29

研究集会「数式処理研究と産学連携の新たな発展」

先週になりますが、8月21日から23日にかけて、研究集会「数式処理研究と産学連携の新たな発展」が、九州大学伊都キャンパスにて開催されました。

この研究集会は、もともと、京都大学数理解析研究所にて、RIMS共同研究「数式処理研究の新たな発展」として、例年7月に行われているものです。今回は、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 (IMI) の共同利用研究の一つとして、九州大学で行われました。

RIMSの場合もそうですが、「共同利用研究」とは、研究所が数学のいろいろな分野(IMI は特に産業と結びつくような数学に重点を置いています)の研究の発展を支援することを目的として、「研究集会」や「短期共同研究(数人程度の研究者が集中的に議論をすること)」の提案を募り、選定された事業(研究集会やセミナー)に対して、場所や資金の援助をするものです。IMI の共同利用研究の場合は、開催場所の提供、講演者への旅費の援助、レクチャーノート(予稿集)の出版といった援助を受けられます。

今年は、諸事情により、私が研究代表者を仰せつかり、年始に研究集会の応募を行いました。そして、幸いにも春先に採択され、これまで準備を進めてきました。

IMI の研究集会は、産学連携を推進する立場から、「組織委員会の委員と講演者とには,それぞれ産業界からの参加を必須と」することと、「国際化の推進のため,招待講演者として外国人を1名以上含めること」という条件がありました。日本においては、数式処理は数値計算に比べると一般的に認知度が低く、産業界で数式処理が使われるというのはまだ少ないと見ています。そこで「数式処理の理論を産業に応用しようという先進例」と「現場のエンジニアの方が積極的に数式処理を使おうという試み」という立場から、第一人者の方々を招いてお話してもらうことにしました。

「数式処理の理論を産業に応用しようという先進例」では、Wen-Shin Lee さん(ベルギー・アントワープ大学)に「関数補間の信号処理への応用」という内容でお話いただきました。「関数補間」は、いくつかの測定データから、もとの関数を求めるという計算です。Wen-Shin さんらの研究グループが行っているのは、これを医療などの信号処理に役立てようというものです。医療現場では、脳波など、いろいろな生理学的な測定データからなる信号が作られ、それらが人体に取り付けられたセンサから測定機に送られます。最近は無線で信号を伝えることも多いですが、測定データがたくさんあると、それだけ信号の伝送にも時間がかかり、機器の消費電力もかさみます。そこで、測定データを適切な関数で表すことで、信号の伝送量を節約し、電気も節約しようというのです。

これは、日本の数式処理屋にとってはいくつもの点で驚きです。まず、医学の分野で数式処理が応用されるというのは、少なくとも日本ではこれまで聞いたことがありません。次に、信号処理への応用も、日本ではまだあまりなじみがありません。すでにやられている方もいるかもしれませんが、少なくとも日本の数式処理の研究者の間ではほとんど知られていないと思います。こういう点から、数式処理の産業への応用例として、非常に参考になりました。

「現場のエンジニアの方が積極的に数式処理を使おうという試み」では、伊藤久弘さん(トヨタ自動車)に「数式処理のエンジン制御系設計への活用に関する課題と期待」という内容でお話をいただきました。現場のエンジニアにとっては、数式(文字を含む式)を直接扱うことのできるソフトウェアが役に立つこと、燃焼の化学反応などは、ある時間を固定すれば最適な設計パラメータが得られるが、これを時間の推移とともに次々に求めるにはまだまだ現在の計算法やソフトウェアの技術は不足であること、これらの問題を解決するために、今後の数式処理の理論やソフトウェアの発展に期待が集まっていることなどが話されました。数式処理を実際に使う立場からの要望として、非常に参考になったと思います。

研究集会では、これらの招待講演のほかに、16件の一般講演も行われました。内容も、数学への応用から、数独やルービック・キューブの話題まで、多岐にわたり、質疑応答も活発に行われました。

この研究集会は、例年、比較的小規模に行われていますが、今回は、最大で35人程度の人達が集まり、活況を呈していました。参加された皆様に御礼申し上げます。今後も、数式処理の活用の場がより広がるよう、活動を続けたいと思います。なお、予稿集は、九州大学より「MIレクチャーノート」の1冊として刊行され、今後、オンラインでも公開される予定です。

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