2010-10-07

「最近の円周率計算」

私の所属する数学専攻の月例談話会。今月は、このタイトルで、昨年、円周率計算で2兆5769億8037万桁の記録を出された、高橋大介先生(筑波大学 システム情報工学研究科/計算科学研究センター)がお話をされました。

数学系月例談話会
2010年10月7日(木)16:00〜17:00
会場:自然系学系棟D棟, 5階 D509
高橋 大介 氏 (筑波大学大学院システム情報工学研究科・計算科学研究センター) 「最近の円周率計算」
アブストラクト:
現在,円周率πの値は小数点以下5兆桁まで明らかになっている.これはコンピュータの性能の向上だけによるものではなく,円周率πを効率良く計算する公式の発見, 5兆桁もの数の加減乗除を効率良く計算する方法の確立,そして複数のグループによる計算競争という複数の要因が順次オーバーラップして効果を発揮してきた結果といえる.この講演ではこれまでの円周率計算の歴史について触れた後に,円周率πという数は具体的にはどのように計算されるのか,円周率πを計算することにどのような意味があるのか,などについて述べる.
筑波大学数学系月例談話会ホームページより引用)

高橋先生は、ハイパフォーマンスコンピューティング (HPC) の専門家として、これまでにも何度か、円周率の新記録にかかわっていらっしゃる方で、以前行われた、筑波大学計算科学研究センターのHPCセミナーも聴講したことがあるので、今回、学科内でお話をされるとのことで、早速駆けつけました。

これを読んでいる方はご存知の方もいらっしゃると思いますが、昨年、高橋さんが、筑波大のスーパーコンピュータで新記録を出した後で、昨年から今年にかけて、フランス人が記録を更新し、日本人・アメリカ人のチームが、さらに記録を更新したことが話題になりましたが、その辺のより詳しい事情(後述)も知ることができました。

今回のお話は、まず、上述の最近の進展にちょっと触れた後で、円周率の算法と計算桁数の歴史的な発展について話されました。

算法では、まず、円に内接/外接する正多角形の外周の長さを測ることから始まり、微分学の登場で、無限級数の計算に発展するわけですが、現在もよく用いられる公式の一つに、算術・幾何平均を求める、ガウス・ルジャンドルの公式(高橋さんも用いた)があります。ガウスは、数学をやる人の間ではよく知られているように、数学のほとんどいたるところの分野に業績を残している人ですが、円周率にもいたか〜、やっぱりすごいなという印象を持ちました。それから、ガウスは、自分の業績の多くを生前には発表しなかったことでも有名ですが、この公式も、1970年代になって再発見されたものであるということで、ガウスの先見性を再認識しました。

20世紀後半以降、コンピュータによる計算が始まって以降は、多倍長数の乗算をいかに効率的に行うかが、計算全体の算法面での効率化の上で本質的に鍵を握るようになります。現在では高速フーリエ変換 (FFT) が主流ですが、FFT は多くの科学技術計算で用いられるもので、円周率の計算を行う上での研究成果が、計算科学全体に貢献していることをあらためて知りました。ぜひ、おけいちゃん(先日出荷が始まった、次世代スーパーコンピュータ「」)の FFT 計算も頑張ってもらいたいところです。

それから、高橋さんが、筑波大のスーパーコンピュータ「T2K筑波」で行った計算では、主計算と検算を合わせて、約73時間の間計算を続けたとのことですが、この間、システムダウンなく、最後まで計算したとのことでした。これは、システムの耐久性といった工学的観点から見るとすごいことなのだそうです。そういえば、以前、やはり円周率の計算に携わっている専門家の方から「スーパーコンピュータの性能ギリギリまで計算をさせると、しばしば部品(素子)が壊れる→計算結果に誤りが生ずる」という話を聞いたことがあったので、これだけの計算をシステムダウンなしで行ったのはやはりすごそうです。

ちなみに、T2K筑波の規模は、648 ノード × 4 ソケット/ノード × 4 コア/ソケット=10368 コアとのことで、これだけのコア数を約73時間動かすというのは、普通のパソコン、例えば 2 コアとすると約37万時間≈約15000日≈約40年間動かすことに相当するのでしょうか。

最後に、高橋さんが記録を出して以降の新記録について触れていましたので、こちらも書きたいと思います。

まず、昨年末に 2.7 兆桁の記録を出した、フランスの Fabrice Bellard 氏ですが、彼は天才的なハッカー(コンピュータの専門家)であるのみならず、数学も非常に達者な方なのだそうです。計算に使った機器も、CPUがCore i7 2.93GHz, RAM 6GB, HDD 1.5TB x 5 = 7.5 TBで、普通の人にもそこそこ手が届く程度の機器のようですので、数学的な工夫による功績が大きいようです。

次に、今年に入って 5 兆桁の記録を出した、アメリカの Alexander J. Yee 氏と日本の近藤茂氏ですが、円周率の計算には Chudonovsky の公式を用いており、高橋さんによりますと、現時点で全桁の検算は終わっていないとのことですが、末尾数十桁は検証済みとのことで、BBP (Bailey-Borwein-Plouffe) 型公式を用いると、16進数で円周率の第d桁をいきなり求めることができるのだそうです。この辺も興味深いお話でした。

そして、講演の最後に「円周率は、文明の進歩を示す一つの尺度」という言葉がありました。高橋さん曰く、これはテレビの取材を受けた時にぱっと思いついたとのことですが、歴史的な進展と人々の貢献を振り返ると、まさに格言だと思います。非常にためになるお話でした。

なお、筑波大学数学系月例談話会は「専門を離れて幅広い数学の動向を知るための場です.非専門家を対象とした概説講演のみを取り上げます.大学院生や学群生を含む,幅広い方のご参加を歓迎します.」ということですので、興味のある方はのぞいてみて下さい。ホームページは http://www.math.tsukuba.ac.jp/~colloq/ です。

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